第6歩 皮を陸揚げして、ポリタンク漬けへ
2011.8.26
昨日、水量が減って、原皮は干上がる寸前でした。さて今日は、どうなっているのでしょう。
朝方、雨が降っていたので、悪い予感がありましたが、その通り。川が増水。皮を漬けていた場所は、水深1メートルを超え、立っていられないほどの濁流です。皮をくくりつけた土台石は流され、第4歩の川漬けの日に、皮3枚をつないだ川原も水の中でした。
頼みの綱は、木と皮を結んでおいた縄だけ。命綱をゆっくりたぐり寄せました。縄に手応えを感じながら引き寄せると、水没していた皮が水面に顔を出してくれました。3枚ともの無事を確認して、一同ほっと息をつきました。
このあたりの話は、前回と同じことを繰り返していますが、また命綱に救われたわけです。命綱の大切さ、そして自然相手の仕事は一筋縄にいかないことを再認識しました。
「これ、来とう。毛が抜けるわ。一日でこんなに変わるか!」。たぐり寄せた皮の表面を触り、金田が喜びの声を上げました。ほどよく腐敗して、毛が抜けやすくなっているのです。特に、コケが付いて緑色に変色している背中のあたりは、指でこするとすぐに抜けます。赤毛が抜けたあとは、白い地肌が現れました。反対に、毛が抜けないのは、すねの部分。でも、すねは他の部位より皮が固いため、ここが簡単に抜けるようなら、腐敗しすぎ。ちょうどいいぐらいの状態です。
水没したり、干上がったりして心配させられましたが、川漬けの目的は達成。午前10時。まる3日間、72時間の川漬けで、皮を引き上げることにしました。
トラックに乗せ、協伸の工場へ戻りました。全員でじっくり検分です。それほど臭いはきつくはないけれど、川に漬かっていたせいか、ザリガニのような臭いがしました。「犬の臭いがする」と、表面の毛を触った小松尾さんがいうと、「うまいこというなあ」と大崎さんが同意。いずれにしろ、かぐわしい香りではありませんね。白い裏側は、ジェル状にぬるぬるしていて、コンニャクのような弾力感がありました。
100リットルの大きなポリタンク、そして、水、米ぬか、塩が用意されました。米ぬかと塩を水で溶いて、そこへしばらく皮を漬けておくのが次の工程です。ん? ちょっと待ってください。姫路靼って、塩と菜種油しか使わないんじゃないですか。米ぬかとはどういうこと?
「米ぬかの酵素の力が、脱毛をうながすんですね。川で、脱毛のための腐敗を7割ぐらいまで進行させました。このあとポリタンクの中で10割の段階までもっていきます。計量した米ぬかに漬けるから、時間の計算ができて、安心なんです。塩は、米ぬかとは反対に腐敗を止める作用があるので調整剤として入れています」と林さんが米ぬかを使う理由を説明してくれました。たしかに、自然の川に漬けていれば、いつ最適な腐敗状態、10割の段階の皮になるかわかりません。誰かがずっと川に張り付いておくべきです。今回のように1日1回見に行くぐらいじゃダメでしょうから、合理的なやり方です。それでも昔は、米ぬかは使わなかったんですよね?
「大昔から続く革づくりですが、江戸時代のある時期から、皮革生産は大人数でおこなう産業になりました。手工業的なレベルですね。ひとりですべての工程を行うのではなく、何人かで工程を分担します。川漬け担当のひとがいて、天日干し担当、足もみ担当......。川漬け担当のひとは、ずっと皮の状態をみておけばいいので、いつ10割の状態になっても、さっと皮を引き上げられます。そうすれば、米ぬかを使う必要はありませんし、そのぶん経費的にも安くあがります」と林さん。姫路靼づくりが盛んだった昭和の一時期まで、このやり方が続いたそうです。だから塩と菜種油だけというキーワードが伝わっているのでしょう。そこまではわかりましたが、米ぬかです。いったい、どこから来ているんですか。
「とはいえですね。明治大正昭和時代、米ぬかを使うひとはいたと思うんですよ。一口に姫路靼といっても、職人の仕事ですから、いろいろバリエーションがあったはず。職人によっては、各工程にかける時間が違ったり、基本は塩と菜種油でも、そのほかの薬剤を加えたり......と。じつは、大正時代の化学雑誌に米ぬかを使用した技法が紹介されているんです」。
というわけで今回は、ぬか漬け製法を採用しました。塩と菜種油だけの原理主義でいけるほど人数もいません。亜流かもしれませんが、米ぬかを使って、効率よくいきましょう。
ポリタンクには45リットルの水を入れました。井戸からくみ上げた地下水です。そこへ米ぬかと塩を1対1の割合で入れました。米ぬか4リットル(2キロ)、塩4リットル(5.5キロ)です。ちなみに、冬は気温が低く腐敗が遅いので、3対1の割合。この数字は前述の大正期の雑誌などにもとづいて決めました。
11時半、水温24度のポリタンク3つに、皮3枚を漬けました。30分で水温が24.5度に上がったのは、はやくも発酵が始まったせいかもしれません。念のため、塩分濃度も記録。
皮の識別番号 | 川漬け時の位置 | 皮の重さ | ボメ・塩分濃度 |
---|---|---|---|
No1 | 先頭 | 28.9kg | 6.0 |
No2 | 真ん中 | 30.9kg | 8.0 |
No3 | 一番下流 | 27.6kg | 9.0 |
最後に、板目皮用の皮を干すための張り板をつくって、この日の作業は終了。あとは、数日このまま待つだけです。ポリタンク漬けは、川漬けと違って、水量が減りも増えもしないので、とても心強いです。
8月26日(金) 気温31.5度 川の水温22度 曇りのち晴れ