姫路靼再現プロジェクトの記録

第18歩 足もみ、ヘラがけ

2011.9.14

 昨日同様、手のひらの塩辛さで連帯感を高めるプロジェクトメンバーが、本日も、足もみ、ヘラがけをおこないます。

「均一にかけるのが難しいな。いまどこにヘラをかけてるか、わからなくなる」。そういいながら、汗を流す大崎さん。そばで見るほど簡単ではないようです。皮全体にヘラをかけるには、腕を押し込むたびに、皮を少しずつずらさなければいけません。ヘラがけが1回目なら、皮が白くなるので、かけた場所とかけない場所は迷わず見分けられます。しかし、半裁全体の縦方向と横方向に、3回ずつヘラをかけたいので、2回目以降は皮の変色はあまり見られず、少し注意がそれると、かけた場所がわからなくなるのです。かつては職人がやっていた仕事ですから、容易に慣れないのかもしれません。

 進ちょく状況は半裁ごとに異なりますが、それでも完成に向け着実に前進しています。菜種油を塗り、足でもみ、ヘラをかける毎日。皮の内部も少しずつ変化しているんですよね? ※ここから下図を使ったこむずかしい話が始まります。お急ぎの方は、ここをクリックすれば、下まで飛ばすことができます。

姫路靼の酸化結合「そうです、変化している最中ですね。ちょうどいま、足もみによって、菜種油の成分である脂肪酸とコラーゲンのカルボキシル基がイオン結合しているところです」と、図3の状況を金田が説明します。たんぱく質にはいろいろな種類があって、コラーゲンはその一種。皮はたんぱく質でできていて、そのうちもっとも多く含まれるのがコラーゲンです。コラーゲンは、第9歩で記したとおり、川漬け時にコケの力でアミノ基とカルボキシル基に酵素分解されました(図1)。

「現在、足もみによってカルボキシル基と脂肪酸の結合物が数多くつくられていますが、状態としては安定していません。そこで次の工程で天日干しをおこないます。皮から水分が蒸発し、結合物は空気(酸素)に触れます。そして太陽の熱と光で酸化され、結合物同士が結びついていくのです。酸化されて結びつくことから酸化結合と呼びます(図4)。こうした酸化結合により、より良く強い結合が生まれ、皮は革に変化していくと考えられます。これが姫路靼(白なめし革)の原理でしょう。気の遠くなるほどの足もみ、天日干しを繰り返しがなめしを支えているわけです」

 足もみや天日干しは、まさに皮がなめされている瞬間。ただ残念なのは、そのミクロの世界を直接目で見られないことです。仕方ありません。

 ん? そうすると図2の、塩(NaCl)とコラーゲンの結合はどう考えればいいですか。第9歩の塩もみ時に、このイオン結合に関する話を聞きました。塩は必要なかったのでしょうか。

「これは、これで欠かせないんですね。菜種油を皮に浸透させるには、塩が重要な役目を担います。塩が皮内部に十分に入り込んだことで、皮がカチカチにならず、オイルが浸透しやすくなったのです。だから塩もみ工程は、なめしというより、なめしの前段階といえるかもしれません」

 やはり塩は、なめす過程に不可欠な存在のようでした。こうやって重宝した塩ですが、最終的な完成品の段階では、要らなくなります。皮から抜くために後日、市川に漬けて塩出し作業をおこないます。皮内部は上図5のようになり、構造的にはできあがりとなるわけです。カルボキシル基と脂肪酸の結合物が酸素によってつながり、余分な塩が外に出たことがわかります。ただ、図5をよくみると、アミノ基が余っていますね......。

「残ってかまいません。クロムなめしと同じ状態ですね。クロムなめしでは、クロムとカルボキシル基が結びつき、アミノ基が余ります。その反対がタンニンなめしです。アミノ基とタンニンが結合し、カルボキシル基が余ります」

 重労働が続く革づくりも、科学的な裏付けがあると心強い限りです。かつては、このような理論を知らないまま革をつくっていたのでしょうが、話を聞くことで、足もみにもヘラがけにも力が入ります。

 皮をよく見ると、シボが出始めました。


9月14日(水) 曇り 工場内29度 屋外30度

足もみ、ヘラがけ、天日干しの半裁別作業記録

・表中のグレー部分は、本日実施した作業
・作業時間左の小さい数字は、第何歩を表す

半 裁 I D A B C D
丸皮時の番号 No1 No1 No2 No2
担当 (第1~20歩)
小松尾 (第21~38歩)
小松尾 (第1~20歩)
(第21~38歩)
大崎 金田
重さ 4.5kg 4.5kg 5kg 5kg
裏漉き後の厚さ 1.2mm 1.2mm 1.5mm 1.5mm
1 天日干し 9 4時間10分 9 4時間10分
2 天日干し 10 6時間40分 10 6時間40分
3 天日干し 12 6時間30分 12 6時間30分 12 6時間30分 12 6時間30分
4 天日干し 13 8時間30分 13 8時間30分 13 8時間30分 13 8時間30分
5 天日干し 14 7時間40分 14 7時間40分 14 7時間40分 14 7時間40分
6 足もみ 16 3時間 16 2時間 16 2時間15分 16 30分
7 足もみ 17 30分 17 1時間20分 17 3時間50分
8 タイコ 17 カラ打ち5時間
9 天日干し 17 3分 17 4分 18 1時間 18 1時間
10 足もみ 17 30分 17 30分
11 洗い皮 17 表裏 17 表のみ 18 表のみ 18 表のみ
12 タイコ 18 カラ打ち1時間
13 天日干し 17 天日50分
室内2時間
17 天日40分 18 天日40分 18 天日5分
14 足もみ 17 30分 17 50分 18 1時間
15 天日干し 18 天日30分 18 天日20分
16 ヘラがけ 17 40分 18 45分 18 50分
17 足もみ 18 30分 18 30分
18 ヘラがけ 18 1時間20分